タクシーを止めようと通りに立ち、しかし思い直してクラブに引き返すことにし
ました。カウンターで最後にエリカに話しかけたとき、Eと話すエリカの表情に
なにか言いようのない悪い予感を感じたからです。
クラブの入り口が見えてきたとき、タクシーに乗り込むマサコとエリカ、そして
Eの姿が見えました。なぜか目の前が暗くなるような不安を覚えたのを今でも思
い出します。僕はひとり残されて、走り去るタクシーを呆然と見つめるしかあり
ませんでした。
その後、僕は何度もエリカの携帯を鳴らしましたが電源を切っているのかつなが
りませんでした。僕の脳裏に、最後に見たエリカの姿が何度もよぎりました。そ
の日はいつもより露出度の高いファッションをしていました。体にぴったりと張
り付くような、胸の谷間が見えるほどの黒のニットに、小麦色の最高の太股と大
きめのヒップを強調するデニムのホットパンツにブーツサンダル。そこに、粘り
つくような視線を這わせていたEのあの顔つきが重なっていきました。
「・・・マサコとつきあってるんでしょう?・・・」
言いながら、わざと僕に見せつけるようにEとねっとりとディープキスを交わす
エリカ。
「・・・ああ、このカラダ・・・たまんねえよ・・・」
黒いニットのうえからバストを揉みたて耳元で熱っぽく囁くEに身を任せて、僕
を冷ややかにみつめたまま悩ましげな甘い媚声をもらすエリカ・・・。
僕は自分の妄想にうなされて、その夜は朝方まで眠れませんでした。
ようやく連絡がついたのはエリカではなくマサコのほうでした。
「エリカならウチに泊まってさっき帰ったけど・・・。Kくんちょっとひどくな
い?」
酔いつぶれたマサコを置いて帰った僕を電話口で責める声が遠くに感じました。
安堵感で腰から力が抜けそうになりながら、僕は曖昧に応対して電話を切りまし
た。
(そうだよな・・・フリーのプランナーだかなんだか知らないが、あんなオヤジ
にエリカがなびくはずないよな・・・)
僕は急に元気を取り戻して、月曜の夜あらためてエリカに連絡してみました。し
かしやはり電源は切られたままつながりません。火曜になってもつながらず、つ
いに水曜になり、僕の中にまた不安の黒い雲が湧き上がってきました。思い悩ん
だ末、マサコにもう一度連絡してみることにしました。マサコは僕の気持ちがエ
リカにあることを知ってどうでもよくなったのか、先日とくらべてサバサバとし
た口調で話しました。
「・・・エリカね・・・Eさんと3日間、温泉に行ってたんだって。」
それを聞いたとき、僕は一瞬その意味がわかりませんでした。
(Eと・・・温泉・・・?)
「エリカとEさん、つきあってるよ。」
茫然自失して黙り込む僕に追い討ちをかけるように、マサコが話しはじめました
。エリカはEの熱烈なアプローチについに根負けしたのだというのです。今まで
浮気性の彼氏とつきあっていたこともあり、自分だけを愛してくれる男を探して
いたエリカにとって、狂ったように自分をもとめてくるEの情熱にしだいにほだ
されていったらしいのです。
「・・まさか・・嘘だろ?・・おれに当てつけるためにそんなこと言ってんだろ
う?」
僕は電話口でまくしたてましたがマサコは笑って取り合いませんでした。
「しかもね・・・エリカいわく・・Eさんて絶倫でヘンタイなんだって・・・」
それを聞いたとき、僕は目の前が真っ赤に染まっていくような錯覚を覚えました
。
「最初は1泊のつもりだったんだけどEさんが離してくれないって電話かけてきて
さ。妊娠したらどうしよう、とか言ってんの。・・すごくない?」
僕は脱力感のあまり怒りや嫉妬を通り越して、もう笑うしかありませんでした。
「・・・エリカってオヤジ好きだったっけ?・・・そんなにすごいんだ?」
自分の声が、異常なほど甲高くなっているのが分かりました。
「最初はタイプじゃないとか言ってたのにね。電話かけてきたときはもう、とろ
けそうな声出してたよ。いいなー、エリカ・・・私も素敵なおじさまにおかしく
なるくらい責められてみたいかも・・・」
マサコによるとエリカはもともと年上の男が嫌いではなく、両親が早くに離婚し
たせいもあってファザコンの傾向があったようでした。温泉宿という日常とは隔
絶した空間で、3日間ものあいだ中年男のねっとりとしたセックスでからだの芯か
ら燃え上がらせられ、お互いにもう離れられないことを確かめあったのだという
。
「だからエリカのことはもう、あきらめたほうがいいよ!」
そう言ってマサコはあっさりと電話を切りました。
栄作氏からの投稿
つづく
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